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矢野享菜③体育教師として2年考えた

まぁ、そりゃそうだよね。具体的な活動内容を教えて。

任地の中学校はまだしも、小学校は全く体育の授業がされていない状態で。
算数、フランス語の授業が中心だから、
体育だけじゃなくて、図工とか、音楽には手が回っていない状況。
だから、体育の授業の普及と改善が活動の目的。

配属先は?

教育委員会で、カウントーパートはそこで3番目くらいに偉い人。
だから、体育だけじゃなくて、教育全般に関わってる。
あとは、カウンターパートではないけど、
よく行ってた中学校の先生で、考えとかすごい共感できる人がいて、
その人がいてくれたから、活動のモチベーションを保てた。

どれくらいの学校で活動してたの?

小学校は4校、中学校は3校。

それは配属先が決めたの?

配属先が決めたのもあるし、自分で決めたのもあるし。

じゃあ、お互い話し合って決めた感じね。

多分、(配属先は)私にもっといっぱい(の学校に)行って欲しかったらしいんだけど、
自分は一校一校をちゃんと見たかったから、
これくらいの数だったんだけど。

なにで学校行ってたの?自転車?バイク?

徒歩、徒歩!

まじ?笑

めっちゃ遠いよ。一時間歩くとか普通だった。

すごいね。笑 アフリカの徒歩一時間はえぐいよ。
アフリカって日中は暑いから、体育は比較的暑くない朝とかだったりするけど、セネガルも?

そう、11時の三時間目までかな?

11時だと既に暑くない?笑

暑い暑い。正直、一時間目までが限界だと思う。
それか、夕方。三時間目はきついね。

セネガルの体育はどんなことするの?

小学校は、サッカー、走り幅跳び、50m走だけで、それをローテーションでやってた。
中学校は、マット運動、陸上、どこでもできるのはこのへんかな。
マット運動は、体育館とかはないから砂の上にマット置いてやってた。
あとは、場所によってはバスケ、バレー、サッカー。

ちなみに、セネガルってどんな印象?

オシャレにお金を使う。
教育費は払わないけど、洋服は買うみたいな感じ。

まぁ、オシャレな人は多いよね。セネガル人の印象は?

おもてなしの心がすごい。
全然知らない人にもお昼ご飯奢ったり。
おもてなしの精神はすごいよ。
あとは、家族が仲良い。
家族のあったかさとか、セネガルで初めて知った。
セネガルの一番仲良くしていた世帯で、セネガルの家族がいて、
ご飯用意してくれるし、相談聞いてくれるし、
そこに行ったら安心っていう家族がいて。
私は日本で、家族があんまりだったから、
それを話したら、セネガルの家族が、
「私たちを親だと思っていいから、お金で困ったら、貸すし、言ってね」
って言ってくれたし。

いい話。なに家?

バジャン家。

1日のスケジュールを教えて。

7時に起きて、30分ランニング!
朝ごはん食べて、8時から授業。
11時に一旦、バジャン家行って、昼ごはん食べてから、
3時から中学校で体育の授業して、部活見て、
帰るのは7時半。

ダメだった時はコミュニケーション不足な時

活動で辛かったことは?

最初は”活動の実績を残さなきゃ!”と思って、
行動しようとしてたんだけど、すっごい悪口を言われたの。
「なんで、こんなペーペーの子に言われなきゃいけないの!」って。
私が、フランス語を聞き取れないのかと思っているのか、目の前で。
めっちゃ言われて、そういう時だけ全部わかるの。
すっごいショックだったし、”自分は必要とされていないんだ”って思ったね。
最初の2-3ヶ月はそれがきつかった。
怪我とか病気より精神的ダメージが一番きついよね。

これだけは頑張ったてことは?

在外研修*をカウンターパートと企画したこと。
半年くらい、スケジュールとか色々一緒に考えて、
カメルーンとか他の国とも繋がれたこと、
あとは、司会とか進行をカウンターパートがやってくれて、
それは、ある意味、私がいなければ経験できなかったことだから、
良かったと思っている。

*在外研修
任期中に同じ職種で派遣されている、他の国、地域の協力隊員と合同で行う研修。
ホスト国で開催され、情報や成功例の共有、実務研修などが行われる。

カウンターパートの変化は?

正直、目に見えた変化はなかった。
現場に出るような人ではないから、学校が変わったわけでもないけど、
私自身はそれのおかげで、カウンタパートとの絆が深まった。
あとは、仲が良かった中学校の先生は、在外研修でやった内容を、
実際に中学校で実践してくれたりしたんだよね。
それはすごい嬉しかった。
だから、半年間準備して大変だったけど、やって良かったと思えた。

協力隊で参加して変わった考えとかある?

日本の教育って一番だと思ってたんだけど、
それを現地に押し付けるんじゃなくて、
向こうにあるものでできる、最大限のことを、一緒に探すこと、
自分の活動じゃなくて、教師が主体となることを助けること、
が協力隊の在り方なんだって、思えたことかな。
考えで対立してた時は、信頼関係がないまま、
日本のやり方を提案するっていう、
押し付けがましい感じがあったの。
それはわかったいたんだけど、実際に求められることってそれじゃんって。
でも、まずは向こうの先生とか考えを尊重して、
向こうでできることに手を差し伸べるっていうのが一番かなって。
活動の前に、人間関係とか信頼関係がないと何もできないんだっていうのは感じた。
結局、活動でダメだったことって、コミュニケーションが取れてなかったことなんだよね。

④帰国後、女子プロを始める

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